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2007年9月

2007年9月26日 (水)

雑誌「自遊人」11月号

「自遊人」という雑誌に椎名誠さんの「ニッポンありゃまあお祭り紀行」という連載がありまして、観光客なんか全然いない、見物よりも「やってる人」の方が多いようなマイナーなお祭りを探訪するシリーズなんで20万人以上集まる「風の盆」なんか対象外の筈だったんですが、写真や小説からある憧れを持っていたらしく、今年の風の盆に取材にいらっしゃっていたようです。

9月の発売には間に合わないだろうと思っていたのですが、書店に並んだ最新号(11月号)にしっかり載ってました。

写真家の榎並悦子さんとはお知り合いらしく、偶然町で出合った榎並さんにお祭りの見方を伝授してもらっての取材だったようえすが、やはり「ごまんと」集まってきた5万人を超す観光客に別の意味で「ありゃまあ」と思ってしまったようで、まぁ、しょうがないですかね(^^;)。

記事を読むと、八尾のお祭りの本質と「ありゃまあ」な状況をささっと読みとられたようです。

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2007年9月23日 (日)

西新町ファンです

いや、元々は「一番空いてるから」通い始めたんですけれどね(^^)
初めて八尾を訪れた年、雨模様で地方も踊り手も避難してしまった状況での、踊り場の軒先。青年団の男子が長囃子で吼えまくっていたのをニコニコと眺めて居たのが始まり。

翌日もどしゃぶりの雨で「こりゃもう無理だな」という状況。試しに上まで上がってみると、昨晩吼えていた若者が合羽を着込んで横万灯を下ろす作業を黙々としていたのを見て、思いっきり悔いを残して八尾を去ったのが最初の年。

そんな訳で、翌年、翌々年とその若者たちを確かめるために西新町に通うことに。
今は地方として毎年歌声を聴かせてくれています。

当時に比べると、地方も世代交代し、踊り手もその当時の青年団は今から思い返すと「これが“しんやしき踊り”」という感じの切れのある男踊り、女踊りも町内でのアナウンスですが「今、八尾で一番の踊り子」と言われた女性が居た頃に比べると、「よその支部の方が上手い踊り手が多いかも」と思うことも無いわけではないのですが、郷土芸能は上手い下手を言うのは二の次ですから。

毎年通っているうちに、青年団にいたあの娘が今年はママとなっておチビちゃんの踊りの世話をしているとか、青の娘の衣装の色が変わったとか、ちょっとストーカーなファンになりつつあります(^^;)

輪踊りを見たことあるのは西新町・上新町・東新町・天満町位なんで比べようがないですが、西新町のアットホームな雰囲気の輪踊りはやっぱ好きなんだなぁ。見慣れているからアットホームに見えるだけで、どこの支部もアットホームなのかも知れないけれど。

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2007年9月18日 (火)

定本 風の盆おわら案内記

もう一冊本の紹介。
こちらは私にとって、越中八尾に関するバイブルとも言える本。

私の手元にあるのは1991年発行の初版本。その後、95年に新版が発行され、2003年の新撮影8ページを加えて2004年に「定本」として刊行されたもの。
1984〜90年の7年間に渡って取材されたらしく、執筆者は倉橋厚、小杉放庵、伯育男、酒井博、白岸徹、長瀬一郎、高橋治、紀野一義、成瀬昌二<敬称略>の皆様。

八尾という街のこと、おわらのこと、八尾の人々のことがとてもよく判る構成。観光客がみんなこの本を読んでくれれば、マナーも大分変わると思うんだけれど、写真より文字の多いこの本は、あまり読んでもらえないよなぁ(^^;)

なかでも一番好きな写真は、版が変わって今も収録されてるか判りませんが、第4章「風の盆のこころ」と題された成瀬昌二さんの文にある、普段着で踊る若い二人の白黒写真。これこそおわらの真髄とも思える好きな写真です。

是非ご一読を

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2007年9月17日 (月)

風の盆恋歌

いい加減「賞味期限」過ぎてますよねぇ。
いや、普遍的な不倫小説として絶品だし、風の盆の描写にかけては一級(ちょっと嘘多め)ですが。
なんと言っても主人公が敗戦後の混乱期に四高(旧制第四高等学校)の生徒だったというのだから今、存命ならば80歳近い訳ですよ(著者が昭和4年生まれの四高卒業者ですから著者の同世代ですね)

それまで3万人前後だったという観光客が30万人に増加した一因がこの小説(私もその一人ですから人のことは言えません)。
文庫版の解説で加藤登紀子さんが「実は、風の盆を描きたいという著者の狂おしいほどの情熱によって書かれたものだと思う」と書いてますが、まさしくその通りですね。

八尾に通い始めた当初は、毎年のように帰ってから読み返していたんですが、久しぶりに読み返したら、随分違うことも書かれてますね。一番罪深いのは「そぼ降る霧雨の中傘に守られて地方が演奏しながら流す」というヤツですが(^^;)

ある意味「道行」とも言える、最後の年の八尾からの帰り道の行程もなかなかハード。
富山から天生峠を経て白川郷、白山スーパー林道経由で白峰村までおよそ143km。白川郷で休憩してますから4時間位の行程ですかね。
白峰村から越前海岸へ出て杉津へ、そしてそこから京都までおくると280km近くあります。6時間じゃ着かないよな。車の運転好きならどうってことないですが、大手新聞社の外報部長がやるかな?(^^;)

ま、なんだかんだ言って、最後の2ページでは結局泣くんですがね。


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2007年9月12日 (水)

風の盆ポスター

JRの作る越中八尾駅の風の盆ポスターは毎年楽しみにしてるんですが、ここ数年ははっきり言って傑作とは言い難いですね。

ここ数年のポスターは作り込んだ照明とCGによる修正で処理した画像は、とても小奇麗に纏まっていますが、風の盆が持っている魅力は全然伝わってこないですね。

私が八尾にはまり始めた頃のポスターは目の前を踊りが通り過ぎて「今のは現実だったのか?」って思うような瞬間が表現されていたり、八尾の人々の風の盆に向ける思い入れが伝わってくるような写真でした。

以下は八尾おわら資料館からのリンク。別窓で開きます。

1978年の傑作

1988年の傑作

熱気が伝わってくる1982年

近年の名作1992年


一覧はこちら

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2007年9月10日 (月)

2007/9/3

3日は富山駅前の宿でゆっくりしてからおもむろに外出。
6時頃の列車に乗ろうと思って外に出たらどしゃ降りの雨。

夕立形の降り方だから…とは思うものの、富山駅前が晴れていても八尾は雨降りだったりするから「無理かな~」と思いつつも列車へ。

八尾へついてみると小雨まで回復してました。曳山会館まで行って時間つぶし。そうそう、曳山会館もおわら資料館も入場時の団扇の配布は止めたんですね。商店街のお土産収入のことを考えるとしょうがないかな。でも「八尾四季」の4つの歌詞ぐらいは憶えて帰って欲しいというのもあるんですがね。

夜9時を過ぎて曳山会館の外へ出たらどうやら晴れた模様。
今日は輪踊りはまた西新町へ。人の少ない西新町の輪踊りはともすると見物人よりも踊ってる人のほうが多いくらい。なんどもマイクで「一緒に踊りましょう」と言われてもずっと座り込んでる私。

「歌われよー ワシャ囃す」の囃子に見られるように、町の有志が地方に出て、町の人々が輪踊りに出る。そんな様が、いちばん見て取れるのが西新町だと思います。いや、きっと他の町もそうなんですが、異常な人でがその風合いを消してしまっているだけなんだと思いますが。

11時50分に西新町の輪踊りは終了。ラスマエの一句は八尾十一町を歌いこんだ
「ニシシン町 ヒガシシン スワ町
     カミシン カガミ ニシ町 ヒガシ町

  調子あわせて イマ町 シタシン
     コクボ フクジマで オワラ 夜が明けた」
の歌詞。

終わって上新町の輪踊りのラストを鑑賞。輪踊り終了後にぶらぶら下っていったら、公民館前に人だかり。何かと思ったら公民館前で舞台形式を踊ってくれるらしい。運良くかなりいい場所を確保できました。

ぶらぶらしてから今日は東町へ。何年か前に惚れ惚れした踊り子さんは今日は自前浴衣で待機してます。若手が流しを始めましたが踊りはついてきませんでした。いつもならば地方の後ろについて歩くのですが、ここは歌い手が先頭を歩くので歌詞が上手く聴き取れない。しょうがないので邪魔を承知で前方の脇を歩かせていただきました。

下まで下りきると先には今町の声が聞こえる。流しは左折して西町へ。しかし西町へ入ったところで西町の公民館前の踊りが終わったらしく大量の観光客が沸いてくる。そこへ東町の青年団の踊り手まで合流したもんで、面子はうんざり顔。

ロケーション的には絶好の東町から西町へ抜ける脇道でしたが、東町へ抜けたところでこのチームは解散してしまいました。

時刻は午前4時。翌日350kmの運転を考えて早めに切り上げて撤収することにしました。

たらたら歩いて下ると八幡宮前で下新町が輪踊り。あー、久しぶりに下新町の踊りを見た。天満町へ下ると観光客も地方もやる気満々で最後の流しの前の休憩状態でした。後ろ髪引かれたけれど疲れがピークだったので撤収。
今年の風の盆の最終となりました。

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2007年9月 9日 (日)

2007/9/2

1日が肌寒いほどの過ごし良さだった為に、「暑くなけりゃ八尾に来た気がしませんね」などと言ったら、思いっきり暑くなった。

例によって西新町まで上り詰める。旧公民館の更に向こう側の坂を下った辺りでの輪踊り。
小学生の輪踊りを町のスタッフTシャツを着た父兄が見守ります。
輪の外側では、数年前まで踊り子だった八尾マミーが乳母車を支えながら井戸端会議。
このほのぼのした雰囲気が西新町昼流しの真骨頂。他の町でも同様なんだろうけれど、混雑していてこんなのどかな感じにはならないでしょう。
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下へ下りてくると、今日は上新町が西新町踊り場で輪踊り。
暑さもピーク。さすがにだらけれいます(^^)
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上新町の地方。数年前から踊り子衣装の若手が歌い手を務めています。衣装は踊り子衣装ですが、踊り子は引退したそうです。

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今日の西新町は隣町からの遠征が沢山。
今日も東新町が踊りに来ました。早乙女姿の小学生が演舞します。
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この小学生の演舞を応援していた「もっと小さい子」
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そして西新町が踊ります
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一服して、輪踊りは天満町に腰を落ち着けました。
コクボおわらは三回位聞けたかな。でも輪踊りでは囃方がいるんで夜流しのときの突然地方が一斉に「コラショット」と入れるのとは雰囲気が違います。

夜流しは昨晩同様上新町についたり鏡町についたり。


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2007/9/1

9月1日午前中八尾入り。
車を駐車場にデポして富山へ向かう。
チェックインして八尾へ折り返し。15時前なので整理券なしで乗車。混雑もそこそこ。
駅前の屋台は数年前から大分数が減った。多かった時期は道の両側に隙間無く出ていたんだが、これでは混雑で流しどころではないので減らしたんだろう。

福島をやり過ごして十三国橋へ。元の町役場「町民センター」脇の坂道を福島支部が流して下りてくる。
駅から歩いてきてはじめて遭遇する流しとあって、混雑も大変。
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メインの町筋は避けて井田川沿いを廻って禅寺橋近くから上新町へ直登コース。安全対策の為か、下新町の階段は多くが閉鎖されている。人目のないところで転落事故とかを考えるとしょうがないのかな。

上新町から一路お目当ての西新町の裏町筋へ直行。しかし西新町衆の昼流しには遭遇できず。上新町近くの下手まで下りると西新町踊り場で東新町が輪踊りをしていました。
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上手へ取って返すと水上酒店前で西新町の昼流しにやっと逢える。これについて行くと流しは東新町へ。

見ると、数年前まで踊り子で活躍していた二人が地方衆として三味線で参加。西新町の女性の三味線弾きは粋な姿の方が多かったのですが、まだ可愛い感じがしますね(^^)

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一服したあと、輪踊りも西新町を見物。報道では昨年よりも人出は多かったらしいですが、西新町の輪踊りを意味も無く通過して、意味も無く帰っていく「チェックするだけ」の観光客は例年ほど多くは無かった印象。

深夜の夜流しは、西新町→鏡町→上新町とついて廻る。
今日は西新町も上新町も青年団は別行動らしく、地方のほか、踊るのは青年団を引退した巧者の踊り手。

予想通り、観光客がやたらに多く、地方衆もうんざりしているみたいで朝4時頃にはどこも解散になった模様で、私も越中八尾駅に向かう。駅前は始発に乗る観光客で長蛇の列。東京んの朝のラッシュ並みのすし詰め(後で聞いたところ600人強乗せたらしい)で富山へ向かう。
第一日目の終了


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